日本の漆を使用した、山田平安堂の吸物椀、国宝写蒔絵

漆、うるし。
漆器、しっき。

日本で生活していれば、日用品の何かしらが漆塗りのものであったり、伝統的な行事で目にしていたりと、無意識のうちに“ 漆 ”と関わっています。漆器に興味を持ち始めると、こんなところにも漆器があったのか!と気づくこともしばしば。

初めての漆器を食器で取り入れてみよう!と意気込んで調べてみると、口触りや手触りといった感覚的な魅力が語られるのをよく目にしますが(香りが好き、という方も!)、それらはやはり使ってみないとわからないものです。経年変化もそうですね。

また、天然の素材のみを使用した漆器は、電子レンジや食洗器などに対応していないことも多く、敬遠されてしまう事もあるかと思います。

このような時代に、天然の素材の漆器を、しかも日本製にこだわって、所有することの魅力とは何なのか。
感覚的な理由を除いた上で、私の考えるひとまずの結論。それは・・・まず、日本の漆は12000年以上の歴史を持ちがなら謎の多い、ロマンとミステリアスに溢れたものであること。そして、あらゆる漆に触れてきた職人すらも魅了してしまう、独特な美しさを備えていること。

まずは漆の読み方と起源から、漆の実用性と芸術性、そして、漆職人が語る日本産の漆、漆器の魅力をご紹介いたします。

 

漆(うるし)とは。12000年前から日本に存在する、謎の“外来種”の木。

漆(うるし)は、文脈によっては漆の木そのものを指しますが、一般的には“塗料”として漆の木の樹液を指す場合が多いですね。
漆器(しっき)は、木材や陶器などベースとなる素材のものに、漆を塗ったものを指します。

森の中の漆の木
黒い跡がついている木が、漆の木。「漆掻き(うるしかき)」によって樹液=漆を採取する。
漆の木の、漆掻きの跡
最上部が、漆の木を掻いた直後の跡。漆掻きができる漆の木は、樹齢10~15年以上のもの。
木材の素地に漆を塗り重ねる過程
漆を塗り重ね、漆器が完成する。

もっとも、塗料としての漆と書かれているものは、その全てが天然の樹液を指すものではなく、漆の木と同じウルシ科のカシューの木の樹液であったり、漆の樹液を合成したものも含まれます。

ところで、漆の木は、生息地が中国である、“外来種”であることをご存知でしょうか。
日本で出土した最古の漆器は縄文時代のものであり、漆の木の木片ともなると、12000年も前のものが見つかっておりますが、漆の木は外来種なのです。

漆液を採るウルシTexicodendron vernicifluumは日本、中国、韓国に生育するが、日本と韓国のものは自生ではなく、栽培されているものか、それの野生化したものである。

国立歴史民俗博物館『企画展示 URUSHIふしぎ物語 -人と漆の12000年史-』(歴史民俗博物館振興会、二〇一七)二三頁

二〇〇四年(平成一六)に木材の樹種固定によってウルシがはじめて他のウルシ属と区別できるようになった。遺跡出土木材遺体としてのウルシ材はその後各地の遺跡で発見されるようになったが、鈴木三男と能城修一が一九九〇年(平成二)に調査した鳥浜貝塚の縄文時代草創期の出土木材(一九八四年発掘)のなかにウルシが一点あることがわかった。二〇一三年(平成二四)に放射性炭素年代測定によって一二六〇〇年前の資料であることがわかった。これが現在みつかっている日本で最古の植物としてのウルシの証拠である。

国立歴史民俗博物館『企画展示 URUSHIふしぎ物語 -人と漆の12000年史-』(歴史民俗博物館振興会、二〇一七)二六頁

外来種である漆の木は、日本列島の環境下において在来種の木よりも弱い存在であるため、人の手をかけなければ、生息することはできません。つまり、縄文時代、もしくはそれ以前から、外来種の漆の木を日本人は管理してきた、ということになります。何故、日本人はいつの時代も漆を必要としたのでしょうか。

ちなみに、日本に自生していた漆科の木の樹液を採取して作られた漆製品は、約9,000年前のものが出土しており、漆文化の起源は日本と中国とで、議論が分かれています。

 

自然界最強の塗料といわれる、漆の堅牢性。

鳥浜貝塚の赤色漆塗り櫛〔重要文化財〕
約6100年前の年代測定結果が得られている、木材を削り出して作られた“櫛”。この赤色漆塗り櫛は、「漆文化のシンボル」ともいわれる。(画像引用元:福井県立 若狭歴史博物館)

漆塗りと聞くと芸術性の高いものを想像する方も多いかと思いますが、漆は塗料や接着剤など様々な用途で使われ、その丈夫さから自然界最強の塗料ともいわれます。

実際に、何千年も前の漆器が形や色をある程度残して出土するのですから、その堅牢度に疑いの余地はありませんね。

接着剤としての漆は、現代では“金継”など、割れてしまった陶器の器などを漆で直すものが一般的でしょうか。縄文時代のものでも、矢の先を漆で接着した実用的なものであったり、漆で破損箇所を接着した器が見つかっています。

何千年もの前の人々が、ごく普遍的な器をわざわざ接着し直して使っていたという事実に、親近感を覚えてなりません。当時のモノに愛着を持つ人もまた、接着剤としての漆を重宝したのではないでしょうか。

漆の文化が今日まで受け継がれてきているのは、何よりも、道具の実用性を高める漆の特性が基礎となっているからでしょう。

 

金と同じ価値であった、漆の希少性と芸術性。

漆掻きをしている様子と、取り立ての漆
十数年育てた漆の木から採取できる漆の量は約200ml、牛乳瓶一本程度。

10~15年かけて一本の漆の木を育てた後、採取できる漆の量は、わずか200ml程度。その希少性、実用性、そして芸術性から、いつの時代においても日本人は漆を重宝してきました。その価値は、時に金と並ぶほど。

また各地の長者伝説には黄金とともに漆が出てくることが多い。長者が財宝とともに漆を人知れず地中に埋めたとされ、それを示すことばとして「漆千杯朱千盃黄金千両」といった具合に語られる。漆は伝承世界のなかでは黄金と並ぶ憧れの対象だったのである。

国立歴史民俗博物館『企画展示 URUSHIふしぎ物語 -人と漆の12000年史-』(歴史民俗博物館振興会、二〇一七)九九頁

漆は希少であるゆえに古代から税としてあつかわれ、また多彩な漆工技術を駆使した建築や調度品は、超越的な神仏の力や、権力者の財力そして美意識を象徴するものとして重要な役割を演じた。

国立歴史民俗博物館『企画展示 URUSHIふしぎ物語 -人と漆の12000年史-』(歴史民俗博物館振興会、二〇一七)一四一頁

また、漆器の芸術性を語るうえで欠かせないのが、蒔絵(まきえ)。漆器に漆を用いて絵や文様を描き、金銀粉を蒔いた後、さらに磨き上げる漆芸を代表する伝統技法です。今の時代にも語り継がれるような蒔絵の作品に、当時の権力者を象徴する美を見出すことができます。

国宝、初音蒔絵大角赤手箱
国宝 初音蒔絵大角赤手箱 (画像引用元:九州国立博物館)

初音蒔絵調度は、1639年(寛永16)に三代将軍徳川家光の長女千代姫が、尾張徳川家二代の光友に嫁いだ際の婚礼調度である。その一つひとつの品々に隅なく、蒔絵で『源氏物語』初音の帖に因んだ図柄が精細に描かれている。将軍家に絶大なる富と権力が集中していた時代の婚礼とあって、豪華極まりない調度である。

国立歴史民俗博物館『企画展示 URUSHIふしぎ物語 -人と漆の12000年史-』(歴史民俗博物館振興会、二〇一七)一六〇頁

この蒔絵という技法は、19世紀、パリで行われた万博において西欧の人々に日本の芸術、日本の文化力を知らしめたと言われます。西欧の人々にとって、漆器は日本という未知の国を象徴するモノとなり、漆器を「japan」と表記するようになりました。

 

漆職人を魅了する、日本の漆ならではの透明感。

お椀に漆を塗る様子

自然界最強の塗料としての漆の実用性、世界に漆器をjapanと言わしめた漆の芸術性。これらを学ぶうちに浮かぶ疑問、それは、「日本製の漆にどんな特徴があるのか」

現在、日本国内に流通する漆の9割以上が、中国を中心とした価格の安い海外産のものです。

国内で使用される漆のうち、国内産はわずか3%たらずだ。かつては漆器の産地は漆の産地でもあった。伝統的工芸品の漆器の産地は1府16県あるが、漆を生産している県は、わずか1府9県。国産漆の生産地は県別では岩手県がトップで、平成27年は、岩手県が821㎏、次が茨城県の178㎏、栃木の120㎏とつづく。

引用元:うるしの國・浄法寺

このように限られた生産量の純国産漆は、主に国宝の修繕などに使用されています。漆は何度も塗り重ねるものなので、例えば、中国産の漆を塗り重ね、最後に日本産の漆を塗って仕上げる、ということもあります。

では、日本産に徹底的に拘った漆器や国宝の修繕に使われる、日本の漆ならではの魅力とは何なのか。漆を自らの手で掻き撮る漆掻き職人や、漆の塗り師の言葉を辿ると、「透明感」という言葉を随所に表れていました。

 

漆掻き・塗師 鈴木健司さん

国産漆の70%を生産する、浄法寺。そこで独立し、「漆掻き」「塗師」を兼任するというスタイルを築いたパイオニア的な存在である鈴木健司さん。浄法寺漆は国宝の修復などに用いられる非常に高価な国産の漆です。漆に魅了され、その本質を探求する鈴木さんが「漆掻き」を始めたのは、国産漆を塗りたくても高価で手が出しにくい、といった状況にいたからだそうです。

漆掻き・塗師、鈴木健司さんの漆器

透けが良く、かちっと艶やかに固まる理想の漆を求めて山に入る鈴木健司の仕事ぶりは見ていて気持ちがいい。

「理想の漆を考えると、いっつも思い浮かぶのが師匠の谷口さんが塗っていた漆なんだよね。カチッと締まって、艶やかで。そんな漆を塗りたいと思って、山でも工房でもずっともがいているんだよね。でもそう簡単にはいかないよね」

引用元:岩手・浄法寺塗 | 鈴木健司の漆  (写真・文 奥山淳志さん)

 

塗師 樽井祗酔さん

四脚台をつくる樽井禧酔さん
画像引用元:奈良新聞

20代で国宝の修復に携わり、1995年には春日大社第59次年造替調度品一式を任され、春日大塗師職預を拝命している名工の塗り師、樽井祗酔(たるい きすい)さん。かつて分業体制にあった奈良漆器の約30に及ぶ工程を、一人で手掛けています。

「国産漆は透け具合が違う。(金・銀などの梨地粉を蒔く)梨地では外国産との差が歴然。」

引用元:Discover Japan 2017年9月号 Vol.71 一三三頁

 

また、川連漆器の工房「寿次郎」では、地元である秋田県湯沢産の漆を自ら掻いて塗ることにこだわり、湯沢産漆、日本産漆、中国産漆の成分分析をおこなっています。やはり、漆の透明度についても言及されていました。( 参考: 川連塗 寿次郎 | 湯沢産漆 )

 

様々な漆に触れてきた職人をも魅了してしまう、日本産の漆。国内に流通する漆は殆どが外国産とはいえ、日本産漆の需要は絶えることがなく、今では国を挙げて日本の漆の増産を急いでいます。知る人ぞ知る日本の漆の透明感は、私たちが持つ本能的な感性に触れ、漆の本質を追及をするべく人を駆り立ててしまうほどの魅力を秘めているのかもしれません。

 

まとめ

日本の歴史の片隅には常に漆器があり、今回ご紹介した内容は、漆器の魅力のほんのごく一部です。まずは手が届く範囲でお気に入りの漆器を探し、いずれは日本の漆器に触れてみてください。いつの時代においても身分を問わず誰もが憧れ、職人の美意識を駆り立て、世代を超えて使い込まれた、日本の漆。食卓に日本の漆器を一つ携え、歴史に思いを馳せたり、その起源が明らかになる日を待つというのも、漆器の楽しみ方の一つです。

(ちなみに、山田平安堂では、日本の漆だけを使用し、国宝に描かれた金蒔絵を再現した漆器などをご紹介しております。もしも興味がございましたら、こちら からご覧ください。)